事事関心! 仏閣探訪:
[ 京都市中京区/誓願寺 ]
京都市中京区/誓願寺            2023/10/06(金)新規
探索案内

 誓願寺は京都の中心地、新京極通りのど真ん中にある「浄土宗西山深草派」の総本山である。
 天智天皇六年(667)天智天皇の勅願により奈良に開創され、再々移転し、天正十九年(1591)に現在地に落ち着いたと伝わる。 当時は七堂伽藍が建ち並ぶ大寺で、清少納言や和泉式部が仏門に入ったという。 本尊は阿弥陀如来像と十一面観音像。 芸道上達祈願の信仰があり、境内には願いごとの書かれた扇子が奉納されている。 江戸時代の住職、安楽庵策伝が笑話集『醒睡笑』を著したことから、落語発祥の地ともされる。

寺名: 深草山 誓願寺
宗派: 浄土宗西山深草派総本山
本尊: 阿弥陀如来坐像
創建: 天智天皇六年(667)
開基: 天智天皇(勅願)
札所: 新西国三十三箇所第15番、洛陽三十三所観音霊場第2番、洛陽六阿弥陀めぐり第6番
   法然上人二十五霊場第20番、西山国師遺跡霊場第9番、真盛上人二十五霊場第6番
住所: 中京区新京極桜之町453
アクセス: JR京都駅より地下鉄に乗車し「烏丸御池」駅で東西線に乗換え、「京都市役所前」駅下車。ゼスト御池5番出口から南へ徒歩5分。

【履歴】
・2023/10/06(金): 10/06(金)探訪

山門

山門

「迷子みちしるべ」

 山門の左側に「迷子みちしるべ」と正面に記された石柱が立っている。 これは、江戸時代の街頭告知板だ。右側に「教しゆる方」、左側に「さがす方」と彫ってある。
 その当時、落し物、迷子などについて、教える人は右側面に、捜す人は左側面に、紙に書いて貼りだすのに利用したと云う。 まだ警察のなかった江戸末期から明治中期、迷子が深刻な社会問題となり各地の社寺や盛り場に建てられたと云う。 月下氷人(仲人)役の石ということから、別名『奇縁氷人石』とも呼ばれている。

本堂
(写真が撮りづらく断念)
本堂

本尊: 阿弥陀如来坐像

 山門を潜るとすぐ其処に本堂が建つ。山門と本堂の間には手水舎と手水舎に付いているおみくじ「圓光大師霊場第二十番 誓願寺」と書かれた石碑があるだけだ。なので本堂の写真は撮れなかった。
 現在の本堂は昭和三十九年(1964)に鉄筋コンクリート造で再建されたもの。 本尊の阿弥陀如来のほか、新西国三十三箇所第15番と洛陽三十三所観音霊場第2番札所本尊の十一面観音像も祀っている。
 現在の本尊:阿弥陀如来坐像は元々は石清水八幡宮にあり、八幡神の本地仏として安置されていたものである。 神仏分離によって明治二年(1869)に当寺に移されて本尊となった。
 脇壇に祀られている十一面観音は、弘法大使師の作と伝えられ、かつては新京極中筋町にあった長金寺の本尊だった。 古来、一言で願いをかなえてくれる「一言観音」として信仰を集めていた。しかし、明治初年に廃寺となり一言観音は、誓願寺茶所を経て、本堂脇壇に祀られた。

地蔵堂(北向地蔵尊)

地蔵堂

北向地蔵尊

 境内南辺に「北向地蔵尊」の小祠が一段高い位置に設けられている。


あとがき

 本堂には自由に入れたんだねー。ほかに参拝者もいなかったので躊躇してしまった。丈六の本尊・阿弥陀如来坐像をマジかに御高拝したかったな―。


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