事事関心! 仏閣探訪:
[ 奈良県奈良市/西大寺 ]
奈良県奈良市/西大寺            2020/10/31(土)新規
探索案内

境内図(Web借用)

 西大寺で秋季特別拝観「秘仏藍染明王坐像・聚宝館特別公開」が開催中(10/25-11/15)だったので拝観に訪れた。
 最寄り駅は近鉄「大和西大寺」駅だ。京都からだと近鉄京都線の急行電車で約40分と意外と近い。
 「大和西大寺」駅に到着したら南口に出て右手前方にある交番を回り込むと南側へ真っ直ぐ奔る道がある。この道を少し行くと右手に西大寺の外塀が道に沿ってずーっと先まで続いている。 寺の入口は外塀の真ん中辺にある東門だ。
 西大寺は、奈良時代に称徳天皇の鎮護国家の勅願によって創建。「南都七大寺」として大いに繁栄し、その後一時衰退も鎌倉時代には大いに復興を成し遂げ、その後は衰退傾向となりつつも現在も比較的広い境内を残しているお寺だ。 そのため奈良時代からの「南都仏教」の雰囲気をそのままに感じさせる東大寺や興福寺、唐招提寺などといったお寺とは少し違った雰囲気を持っている。
 また、西大寺は、主に鎌倉時代以降に造立された多数の仏像をはじめ、聚宝館には宝物も展示されているなどその歴史を物語る多数の貴重な仏像・文化財も所蔵している。

寺名: 勝宝山 四王院 西大寺
宗派: 真言律宗
創建: 天平神護元年(765)
開基: 孝謙上皇(勅願)
本尊: 本尊:釈迦如来立像[重文]
札所: 真言宗十八本山第15番      大和十三仏霊場第2番
   南都七大寺第5番         西国愛染十七霊場第13番
   神仏霊場巡拝の道第23番     大和北部八十八ヶ所霊場第24番
拝観: 境内自由。本堂(400円)、藍染堂・四王堂・聚宝館(各300円) *4堂拝観共通券(1,000円)
住所: 奈良市西大寺芝町1-1-5
アクセス: 近鉄「大和西大寺」駅下車、南口より徒歩3分。

【履歴】
・2020/10/31(土): 10/26(月)拝観

東門、南門

東門

南門

 近鉄「大和西大寺」駅の南口から南へ奔る道路に面する東門が参拝者の利用する入口だ。
 お寺としての正門は南門で、門の正面に本堂を拝することが出来る。南門の建造年代は鎌倉時代から室町時代中頃で、現在の西大寺境内では最古の建造物である。
 なお、西大寺の境内は自由に立ち入りできるので地元の人は東門⇔南門で駅への近道として利用している。

本堂【重文】

本堂【重文】

本尊:釈迦如来立像【重文】
(Web借用)

 本堂は、本瓦葺の寄棟造である。土壁を一切用いず板壁のみで構成される重厚感ある近世仏堂建築として重要文化財に指定されている。
 室町時代の焼失後に再建された堂が傷んだため、修理ではなく新築することとし、寛政十年(1798)頃造営に着手、文化五年(1808)頃完成したもの。
 内部には本尊釈迦如来立像【重文】をはじめ複数の仏像が安置されている。

藍染堂【奈良県指定文化財】

藍染堂

愛染明王坐像[重文](Web借用)

興正菩薩叡尊上人坐像[国宝](Web借用)

 愛染堂は、本堂の南西側すぐの位置にある堂宇であり、本堂に匹敵する規模を有するが元々は江戸時代中頃にあたる明和四年(1767)に京都にあった近衛家の邸宅(御殿)の寄進を受けて移築されたものであり、その建築様式は「寝殿造」という珍しい仏堂となっている。  安置されている「愛染明王坐像」【重文】は宝治二年(1247)仏師善円作の秘仏で、今回拝観出来た。 小像ながら日本の愛染明王像の代表作の1つと云う。当初の彩色や切金文様がよく残っている。 作者は善円で、西大寺本堂本尊・釈迦如来像の作者である善慶と同人と推定されている。
 このほか堂内には愛染明王の造立を行った叡尊自身の姿を表した鎌倉時代作の「興正菩薩叡尊上人坐像」【国宝】も安置されている。

四王堂

四王堂(正面)

 東門を入りすぐ右手に建っているお堂が四王堂だ。堂の右手前方にお堂拝観の受付があるのでまずここで拝観券を購入しよう。
 現在の建物は、江戸時代・延宝二年(1674)に再建されたもの。



四天王立像【重文】(Web借用)

 四天王立像【重文】は、もともとは孝謙上皇発願の四天王像だが、現在は足下の邪鬼にのみ奈良時代のものを残している。 像本体は持国天・増長天・広目天像が銅造、多聞天像のみ木造で、前の3体は鎌倉時代、多聞天は室町時代の作と推定されている。


鐘楼【奈良市指定文化財】

鐘楼(正面)

鐘楼(側面)

 幕末または明治の初めに摂津の多田院(現兵庫県川西市の多田神社)から移されたもの。 軒下や縁の下に三手先組物を用いた華やかな建物である。 棟木など屋根裏の材料の一部は新しいものに替っているが、その他はほとんどの部材に解体時の番付が残り、移築のあったことがわかる。 現在、上階の柱間は開放だが、当初は連子窓や扉の付いた部分もあったことが痕跡からわかっている。
 建立年代は不明だが、多田院は寛文年間(1661〜1673)に復興されたことが知られており、この時に建てられたものと考えられる。 全体の姿から細部までよく整った、質の高い貴重な建物である。

護摩堂【奈良市指定文化財】

護摩堂

 本堂の南西、鐘楼の北に東を向いて建てられてたが、昭和54年(1979)に本堂東の現在地に移され、南向きに変更された。 平面は方三間で、右側面中央は正面と同じ桟唐戸、左側は引違戸とし、縁は正面と右側にだけ設けており、当初から左右の構えが異なる建物である。改造は須弥壇を後退させただけで、小規模ですが上質の建物となっている。 寺に残る棟札から寛永元年(1624)の建立であることが知られている。


東塔跡

東塔跡(基壇)

 東塔跡は、本堂のほぼ真正面の位置に残る巨大な石の基壇跡であり、かつて室町時代までは東塔が建っていた跡だ。 鎌倉時代には叡尊による復興が図られる際には伽藍の中心的エリアとされ、一帯は「宝塔院」と呼ばれていた。(立入禁止!!)


大子堂

大子堂

弘法大師坐像

 大師堂は、西大寺境内の「愛染堂」の南側にある小さな堂宇だ。 建物自体は大正十二年に奉納された弘法大師坐像を祀るための空間として戦後に建てられた。 なお、祀られている弘法大師坐像は石仏である。


大黒堂

大黒堂

大黒天半跏像(Web借用)

 大黒堂は、本堂の西側、愛染堂の北東側すぐの位置に建つ二間四方ほどの大きさの小さなお堂である。 大黒堂は、かつて存在し、明治期に廃絶した三光院と呼ばれる塔頭寺院の本堂だったと云う。
 堂内には室町時代の永正元年(1504)に海龍王寺を拠点とした仏師沙弥仙算、奈良町の現在の宿院町付近を拠点とした仏師七郎太郎により作られた大黒天半跏像を祀つる。
 この大黒様は堂正面の覗き窓から拝観出来る。

聚宝館


 聚宝館は、四王堂から本堂へ向かう参道の本堂より右手にあり、西大寺の寺宝・仏像を多数収蔵する施設だ。開館時間は他堂より30分遅い9:00〜。拝観場所は正面奥の建物だった。
 建物の規模は比較的小さいが、これは重要な仏像が本堂・愛染堂・四王堂に分散する形で安置されているため。 それでも金堂宝塔【国宝】を筆頭に、西大寺の歴史を物語る貴重な文化財が覧られる。


金堂宝塔【国宝】
(Web借用)

吉祥天女立像【重文】
(Web借用)

 収蔵品の中でもとりわけ有名な金堂宝塔【国宝】は、鎌倉時代に西大寺を復興した叡尊上人が文永六〜七年頃(1269〜70)に鋳物師西珎らに製作させたものとされており、現在に至るまで金色の輝きを失う事なく保存され続けている。 その他にも鎌倉時代の密教法具も保存されており、仏像の世界に留まらない奥深さを感じることが出来るようになっている。 また、仏像も複数安置されており、平安時代に造立された吉祥天女立像【重文】を中心に、その両脇には塔本四仏坐像【重文】と呼ばれる平安時代の阿弥陀如来像・宝生如来像が祀られているほか、江戸時代の行基菩薩坐像【重文】や如意輪観音半跏像・毘沙門天立像・韋駄天立像・不動明王坐像・慈真和上坐像も安置されている。

あとがき

 建物といい、所蔵されている仏像も見ごたえのあるものだった。 拝観は「春季/秋期特別拝観」が開催されているときがベターである。
 ただ、お堂ごとに別料金なのは一寸財布には痛いかなー。

関連コンテンツ

inserted by FC2 system