事事関心! 仏閣探訪:
[ 東京都荒川区/養福寺 ]
東京都荒川区/養福寺            2019/01/13(月)新規
探訪案内 

 JR山手線「西日暮里」駅西口から少し行った諏訪台通りに折れ、諏訪神社の先左手にある養福寺の参道に入ると正面に朱塗りの仁王門が見える。
 江戸時代初期に活躍した俳人西山宗因の「梅翁花樽碑」をはじめとする談林派歴代の句碑、柏木如亭の碑、自堕落先生の墓などがある。

寺名: 補陀落山 観音院 養福寺
宗派: 真言宗豊山派
本尊: 阿弥陀如来
創建: 元和六年(1620)
開山: 法印乗蓮
拝観: 無料
札所: 東京三十三観音霊場28番(如意輪観世音菩薩)、荒川辺八十八ヶ所霊場7番、豊島八十八ヶ所霊場73番
   上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場27番
住所: 荒川区西日暮里3-3-8
交通: JR山手線「西日暮里」駅西口から南へ徒歩約5分(300m)。

【履歴】
・2019/01/13(月): 2015/01/05訪問。

山門 

山門

江戸西国二十七番札所の石碑

 山門の前に江戸西国二十七番札所の石碑があり、「西國貮拾七番播磨國書寫寺寫」(安永九年九月)とある。
 東京三十三観音霊場は西国三十三箇所観音参りを江戸に写したものだ。


仁王門 【荒川区登録文化財】

仁王門

扁額「養福寺」(山岡鉄舟の筆という噂あり)

 宝永年間(1704から1711)の建立と伝えられている。谷中・西日暮里で唯一の仁王門である。
 もとの本堂や観音堂など他の建造物は第二次世界大戦の戦災で失われたが、この仁王門は焼失を免れて、江戸期の木造建造物として現在に残った。





 門の表側には仁王像一対があり、一つは口を開いて「阿」、一つは口を閉じて「吽」を示している。 仁王像は分身して一対になり、仏法を守護するといわれ、各地の寺々にも多くみられる。 また、門の裏側には四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)のうちの二天(広目天・多聞天)の像がある。


本堂 



 現在の本堂は昭和四十年(1965)に再建された。
 本堂前には奇人で知られる自堕落先生が自ら建てた「自堕落先生の墓」がある


鐘楼 



 梵鐘は享保二年の鋳造らしい。
 鐘楼の右脇には、左から雪の碑、梅翁花樽碑、月の碑、手前の菱形標石の四基の石碑が、西山宗因を祖とする「談林派歴代の句碑」で、梅翁花樽碑には「於我何有哉 江戸をもつて鑑とす也花に樽 誹談林初祖 梅翁西山宗因」、右側面には「我恋乃まつ島も唯初霞 松寿軒西鶴」、西鶴の句が刻まれている。 雪の碑は文化五年(1808)の再建。菱形標石は西鶴の百年忌を記念して、谷素外によって、寛政四年(1792)に建てられた。


あとがき

 人一人いない静かな境内なので、「禁足なのかな?」と思ってしまい本堂前までしか立ち入らず、早々に去ることにした。


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