事事関心! 神社探訪:
[ 神奈川県茅ヶ崎市 ]
神奈川県茅ヶ崎市             2014/07/23(水)更新
参拝神社一覧

 茅ヶ崎市にある参拝した神社を纏めている。

NO.神社名住所拝観期日備考
 01 熊野神社 茅ヶ崎市小和田2-3-66 2013/07/01 小和田地区
 02 菱沼八王子神社 茅ケ崎市菱沼1-11-64 2013/07/01 松林地区
 03 八王子神社 茅ケ崎市室田1-13-35 2013/07/01 松林地区
 04 熊野神社 茅ケ崎市高田1-10-44 2013/07/01 松林地区
 05 神明大神 茅ケ崎市赤羽根468 2013/07/01 松林地区
 06 八王子神社 茅ケ崎市本村3-13-40 2013/03/22 茅ヶ崎地区
 07 神明宮 茅ケ崎市十間坂3-11-41 2013/03/22 茅ヶ崎地区
 08 第六天神社 茅ケ崎市十間坂3ー17ー18 2013/03/22 茅ヶ崎地区
 09 金刀比羅神社 茅ヶ崎市南湖3-4-40 2013/03/22 南湖地区
 10 八雲神社 茅ヶ崎市南湖4-4-29 2013/03/22 南湖地区
 11 住吉神社 茅ヶ崎市南湖5-5-1 2013/03/22 南湖地区
 12 御霊神社 茅ヶ崎市南湖2-9-10 2013/07/01 南湖地区
 13 神明神社 茅ケ崎市松尾3-24 2013/07/01 湘南地区
 14 日枝神社 茅ケ崎市中島1134 2013/07/01 湘南地区
 15 鶴嶺八幡宮 茅ヶ崎市浜之郷462 2013/03/22 鶴嶺東地区
 16 本社宮 茅ヶ崎市矢畑142 2013/03/22 鶴嶺東地区
 17 神明社 茅ケ崎市下町屋1-6-19 2013/07/01 鶴嶺東地区
 18 八幡神社 茅ケ崎市甘沼292 2013/07/01 湘北地区
 19 腰掛神社 茅ヶ崎市芹沢2170 2012/02/10 小出地区
 20 松尾大神 茅ヶ崎市今宿586 2014/07/23 別ページに掲載
 21 日枝神社 茅ヶ崎市萩園2324 2014/07/23 別ページに掲載
 22 三嶋神社 茅ヶ崎市萩園1719 2014/07/23 別ページに掲載
 23 十二天神社 茅ヶ崎市萩園513 2014/07/23 別ページに掲載
 24 八幡神社 茅ヶ崎市萩園1819 2014/07/23 別ページに掲載
 25 日吉神社 茅ヶ崎市西久保466 2014/07/23 別ページに掲載
 26 神明大神宮 茅ヶ崎市円蔵2282 2014/07/23 別ページに掲載
 27 厄一王神社 茅ヶ崎市茅ヶ崎1132 2014/07/23 別ページに掲載
 28 三嶋神社 茅ヶ崎市茅ヶ崎3-3 2014/07/23 別ページに掲載

・2013/03/22(金): 作成
・2013/07/01(月): 更新(再訪)
・2014/07/23(水): 1号線今宿から北上し萩園、西久保、円蔵を経て北茅ヶ崎駅へ

熊野神社 茅ヶ崎市小和田2-3-66

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス4番乗場から国道1号線「東海道」を藤沢へ向かう「藤08 藤沢駅北口行」バスに乗車し、「小和田」バス停で下車する。 10mほど戻ったところにある道に入り進むと、約100m先正面に鎮座している。(バス約7分、徒歩2分)


鳥居

拝殿

神額

 創立は不詳であるが元禄元年再建の古棟札が残っており、相洲大庭荘小和田村鎮守と文部省神社明細帳に記されている。
 弘化四年、明治十七年、大正十三年再築の棟札及び熊野三社権現社号の古札もある。
 祭神は熊野大神(熊野久須毘大神、熊野夫須美大神、速玉男大神、家津御子大神) 。 熊野大神の御神徳は、海上守護、魚漁、交通安全、殖産、興業、厄難除、家内安全等である。


姥母神社

稲荷社


 摂社:姥母神社は、安産の神、病気平癒の神として尊ばれてきた。


菱沼八王子神社 茅ケ崎市菱沼1-11-64

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス4番乗場から国道1号線「東海道」を藤沢へ向かう「藤08 藤沢駅北口行」バスに乗車し、「西小和田」バス停で下車する。 70mほど先左手の道に折れ、ひたすら道なりに進む。約700mほど先右手に鎮座している。(バス約6分、徒歩約10分)


鳥居

拝殿

 創建は不詳。宝永二年(1705)の再建の記録が残っている。近くは昭和三年(1928)に再建されている。
 祭神は八柱大神である。



蛇石

力石(約70kg)

八王子神社 茅ヶ崎市室田1-13-35

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス「茅ヶ崎駅」バス4番乗場から「辻09 高山車庫行」に乗車、「室田小学校入口」バス停で下車し、40mほど先左手にある。(バス約13分/3.81km+徒歩30秒/40m)


鳥居

社殿

 社殿は茅ヶ崎市内でも最も古い建築とされている。江戸時代後期の建築様式の切妻屋根三重垂木造りで軒先が広く彫刻が見事だ。
 祭神は八柱大神である。


熊野神社 茅ケ崎市高田1-10-44

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て「茅ヶ崎駅」7番バス乗場から「茅50 文教大学行」に乗車、「高田」バス停で下車し、20mほど先の交差点で右手へ折れ、約100mほど先右手にある。(バス約9分/2.4km+徒歩1分/0.12km)


神社正面

神額

日枝神社(山王社)

 高田の鎮守熊野神社は、万治元年(1658)に高田村の領主大岡氏が紀伊国熊野本宮より遷祀された神社で、熊野大神が奉祀されている。 慶長八年(1603)に大岡兵蔵(忠吉公)が、高田村のうちで百六十余石を徳川将軍より賜り、爾後明治維新に至るまで、その子孫の采地であった。熊野神社を創建されたのは大岡隼人 (忠高公) で、越前守忠相公の父君にあたる方です。現在の社殿は勿論当時の建物ではなく昭和二年に高田総氏子によって新築されたものである。
 日枝神社(山王社)は、享保五年(1720)に大岡氏が近江国東坂本の山王大権現を分祀された神社で、祭神は大山咋命である。昔、神殿は山王山と称する丘陵上に建てられていて、そこは、青々と松が茂り高田耕地を眼下に見下ろす景勝の地だったが、後に熊野神社境内に移された。

神明大神 茅ケ崎市赤羽根468

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス茅ヶ崎駅7番乗場から「茅50 文教大学行」に乗車し、「高田」バス停で下車。 進行方向の新湘南バイパス下の交差点まで進む。右手の道に折れ、400mほど進むと、左手に鳥居が立っており、参道がバイパス下を潜りバイパスの先にある境内まで続いている。(バス約9分/2.39km+徒歩4分/0.4km)




 新編相模風土記稿によれば、神明宮は十一世紀後期陸奥守源義家の創建と伝うとある。慶安二年に三代将軍家光より社領六石の御朱印を賜っている。幾度も再建がされており元和七年、宝永二年の棟札が残っている。最近の再建は明治十七年であったが、昭和五十七年の新湘南バイパス計画により再度現在地に移設・再建された。
 大日要貴命(天照大神)を祭神とし、素戔嗚尊、菅原道真公、福都日神を合祀している。

八王子神社 茅ケ崎市本村3-13-40

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅北口から北へ向い東海道(国道1号線)に出る(約300m行)。「茅ヶ崎駅前」交差点で右折して藤沢方向に進み、「一里塚」交差点を過ぎるとかっての街道松並木の跡が少し残っている。左手に「イオン茅ヶ崎店」を見ながらさらに進む。JR相模線を跨いだ先にある「神社入口」交差点にある歩道橋で反対車線側に渡る。北へ向かう神社参道に入ると、道の先(約100m)正面に神社の鳥居が見える。


鳥居

社殿

 創立年代、創立者等は不詳であるが鎌倉幕府開府後は将士の武運長久を祈る者が多かったと云われている。元弘三年五月十八日には新田義貞が鎌倉幕府討ち入りの際に当神社に祈請し、神火を捧げて兵勢を上げ北条氏を滅ぼした。 そして、その後建武二年に上洛の途次に社参し、社殿を改修して奉斎の誠を捧げている。
 慶安二年には三代将軍徳川家光より八王子権現鎮守として社領五百石余の御朱印を賜っている。 その後、延享三年十一月には社殿を大きく再興している。その社殿は、関東大震災で崩壊、昭和二年に再建されて現在に至っている。
 祭神は天照大神と須佐之男命の誓約のもとに生れた五柱の男神と三柱の女神である八王子大神(市寸嶋比売命、多紀理毘売命、多岐都比売命、正勝吾勝速日天忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命)。
 旧社領地内に郷土開拓時代の墳墓が所在し、神社を中心とする此処一帯を本村と称することから、茅ケ崎の発祥の本源地だったようだ。


本村天満宮

本村八坂神社

本村稲荷大明神

鐘楼
神明宮 茅ケ崎市十間坂3-11-41

鳥居

社殿

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅北口から北へ向い東海道(国道1号線)に出る。左折して平塚方向に進み、「十間坂二丁目」交差点手前の右手路地に折れ、少し入った処に鎮座している。

 祭神は天照大神である。


第六天神社 茅ケ崎市十間坂3ー17ー18

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅北口から北へ向い東海道(国道1号線)に出る。左折して平塚方向に進み、「十間坂二丁目」交差点先の歩道橋手前の右手、道路に面して鎮座している。


鳥居

社殿

 創立年代、創立者等不詳。文献では江戸幕府編集(十二代将軍家慶の時代、天保十二年)の新編相模風土記稿に初見され、郷土草創期の江戸時代初期かと思われる。 又、吾妻鏡で鎮座地と同じ"十間坂"という地名が記されており、その内容から推して鎌倉時代であるとも伝承されている。
 祭神は、神仏混淆時代の仏教で信奉する欲界六天の第六、即ち欲界天の最高所に宮殿を構える天魔、他化自在天に由来し、明治維新後政府の神仏分離の布告により、ご神徳に因み国生み神話、天神七代の神々の内、第六代の大神様である。淤母陀琉神、妹阿夜訶志古泥神である。

金刀比羅神社 茅ヶ崎市南湖3-4-40

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅北口から北へ向い東海道(国道1号線)に出る。左折して平塚方向に進み、「茶屋町」交差点で左折し南湖通りを東海道本線の踏切を渡り南へ進む。「金刀比羅神社前」バス停の少し先左手に鎮座している。


鳥居

社殿

 祭神は金刀比羅大権現(ことひらだいごんげん)である。


八雲神社 茅ヶ崎市南湖4-4-29

 金刀比羅神社の先へと更に南下する。左手の脇道の入口に「八雲神社参道」石柱がある。この参道を進むと左手に鎮座している。


鳥居

社殿

 創立年代は不詳。昔より土産神として奉祀されていた。正保、慶安の頃徳川幕府により茶屋町が東海道の宿場として指定されるや宿泊の旅人は当社に参詣して道中の安全を祈願するもの多し、特に大山阿夫利神社詣の人は遠く大山を望み逢拝するを常とし、境内を石尊山と称した。 社殿建立の記録は天保二年に再建され、明治十四年に改築したが、明治二十四年の火災で焼失、翌二十五年に本殿、三十七年に拝殿を再建した。その後、関東大震災で本殿を残し倒壊したが、昭和八年に三年がかりで復興した。
 祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)。

住吉神社 茅ヶ崎市南湖5-5-1

 八雲神社の先へと更に南下すると「鉄砲道」との交差点に至る。右に折れ「住吉神社前」交差点で左折すると住吉神社の裏手に出る。


鳥居

社殿

 祭神は中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)、底筒男命(そこつつのおのみこと)である。
 明治に入り現在の西浜小の辺りに南湖院が出来るまで、住吉神社が南湖の最南端にあたり、そこから南側は海岸だったそうだ。

御霊神社 茅ヶ崎市南湖2-9-10

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス3番乗場から「茅06 平塚駅北口行」バスに乗車、「茶屋町」バス停で下車し、70mほど先の左手路地に入る。 道なりに進み、JR東海道線の踏切を渡り、更に80mほど先左手脇道に折れる。約20m先右手に鎮座している。(バス約5分/1.4km+徒歩4分/300m)


鳥居

社殿

神額

 鎌倉権五郎景正を祀る。

神明神社 茅ケ崎市松尾3-26

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。南口に出て神奈中バス3番乗場から「茅31 茅ヶ崎駅行 松尾循環」バスに乗車、「松尾」バス停で下車し、20mほど先の四つ角を右折し80m程先の右手路地にある。(バス約7分/2.66km+徒歩1分/100m)


鳥居

社殿

神額

 天照大神を祀る。

日枝神社 茅ヶ崎市中島1134

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス3番乗場から「茅06 平塚駅北口行」バスに乗車、「中島」バス停で下車し、60mほど先の左手路地に入る。道なりに進み、JR東海道線の踏切を渡り、更に80mほど先左手に鎮座している。(バス約8分/3.18km+徒歩4分/300m)


鳥居

社殿

神額

 五穀豊饒と家内安全の鎮守。中島の鬼門除として大山咋命を勧進し「山王社」として祭られた。


社標柱

鐘楼

御神木(タブノキ:樹齢200年)

鶴嶺八幡宮 茅ヶ崎市浜之郷462

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅北口から駅前通りを北へ向い東海道(国道1号線)に出る。ここで左折して東海道を平塚方向に進む。そして暫く行くと千の川に架かる「鳥井戸橋」交差点の右手に赤い大鳥居が建っている。 鶴嶺八幡宮の一の鳥居だ。鳥居を潜り長い松並木の参道の先に鶴嶺八幡宮が鎮座している。


一の鳥居

鳥居

 鶴嶺八幡宮は相模国茅ヶ崎の総社で、往古より八幡信仰の本地である。 康平年間(1058〜1065)源頼義が東征の際、石清水八幡にならい、本郡懐島郷矢畑村本社に一社を創立し、後に源家が現地に奉還したと云われている。 更に治承年間(1177〜1181)に源頼朝が鎌倉由比郷に遷したが、その旧社は存続し本社八幡と称したと伝えられている。 源氏代々が篤く尊敬し、源頼朝は治承年間に懐島の地若干を寄進し、また建久年間(1190〜1199)に肥後国有為の庄七百貫を寄せ、懐島権守平景能をして社殿の修復を命じた。 弘安四年(1281)には蒙古軍退散を祈っている。その後、永禄元亀年間(1558〜1573)に兵火に罹り堂宇・古記録等を焼失した。
 正保年間(1644〜1648)に別当常光院の住僧朝恵が山岡氏と相計り社殿を再建し、参道を整備し松を植えた。 また、慶安二年(1649)八月には徳川家光が本村の地七石の朱印地を寄進している。
 明治維新の神仏分離に際し、別当常光院が複飾して祠掌となった。明治六年村社に、昭和九年九月六日郷社に列格されている。


社殿

大銀杏

鐘楼

 大銀杏は樹齢約950年余りと言われており、神奈川県の天然記念物、および茅ヶ崎市の景観重要樹木指定第1号である。「八幡太郎義家」こと源義家が植えたと伝えられている。

本社宮 茅ヶ崎市矢畑142

 鶴嶺八幡宮境内前を奔る「鶴嶺通り」を東へ向かう。400m程進むと左手に水路のある小路があるので、ここで左折する。道なりに約100m進むと長善寺の先に鎮座している。


鳥居

社殿

 1886年編纂「皇国地誌」に次の様な説明がある。
「東征に向かう源頼義がこの地を通り戦勝祈願した。その際、京都の石清水八幡宮を本社丘(茅ヶ崎保健福祉事務所の西約150m)に祀った。 それが、江戸時代に現在の南隣へ、昭和初め(1927)に今の場所へ本社宮として移った。 その後、これを頼義の子・源義家が浜之郷村に移し、鶴嶺八幡社とした。」
 このことから、地元では「やはた」は鶴嶺八幡社の「八幡」と関係があるのではないかと言われている。

神明神社 茅ケ崎市下町屋1-6


鳥居

社殿

厄神大権現

 寛正元年(1460)〜文正元年(1466)の創立と伝えられている。
 厄神大権現は近世末期・浜川神社(東京都品川区大森)の厄神大権現が広範な地域の信仰を集め、各地に講が結成されたという。市内ではここと松尾の神明神社のみにある。  天照大神・大山咋命を祀る。

八幡神社 茅ケ崎市甘沼292

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス茅ヶ崎駅7番乗場から「茅50 文教大学行」に乗車、「八幡神社前」バス停で下車し、10mほど先の左手路地に入ると道の正面突き当りに鎮座している。(バス約11分/3.9km+徒歩1分/0.1km)


鳥居

拝殿

神額「八幡大神」

 明治六年十二月村社に列せられた。祭神 八幡大神は軍の神様である誉田別命(応神天皇)を祀る。 境内に殿山稲荷と云う末社がある。祭神は農業の神である倉魂神。
 創立は明暦二年(656)。現建物の奥殿は昭和二十六年十月に再建された。 拝殿は昭和四十八年九月に再建されたものである

腰掛神社 茅ヶ崎市芹沢2170

 JR東海道線「茅ヶ崎」駅で下車。北口に出て神奈中バス茅ヶ崎駅7番乗場から「茅50 文教大学行」に乗車、「小出小学校前」バス停で下車、里山公園を通り徒歩15分。


鳥居

拝殿

神額「腰掛神社」

 日本武尊が東征の際に、この地で石に腰掛けて、大山を眺めて休憩したという伝説が伝わっている。 またそこに住む村人が日本武尊を偲び、その石を御神体として社を建てたのが腰掛神社の始まりと伝えられている。 本殿脇には、そのときの石と伝えられる腰掛玉石が祀られている。 境内には本殿や拝殿のほか、神仏習合の名残で鐘楼もある。
 現在の拝殿は震災後に修復、本殿は大正七年(1918)に修復したものである。


手水舎

境内摂社

神輿庫

茅葺屋根の鐘楼

腰掛玉石(長さ二尺九寸,幅二尺五寸)

御神木

御神木(公孫樹)

あとがき

【資料】
ちがさきガイドマップ(茅ヶ崎市観光協会).....茅ヶ崎駅観光案内所で無料配布


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