事事関心! 神社探訪:
[ 神奈川県足柄下郡真鶴町 ]
神奈川県足柄下郡真鶴町          2013/08/13(火)新規
コース案内

 足柄下郡真鶴町にある神社を参拝した足跡。

NO.神社名住所拝観期日備考
 01 貴船神社 足柄下郡真鶴町真鶴1117 2013/08/13
 02 兒子神社 足柄下郡真鶴町岩653 2013/08/13
 03 愛宕神社 足柄下郡真鶴町真鶴957 2013/08/13
 04 津島神社 足柄下郡真鶴町真鶴710 2013/08/13
 05   

【履歴】
・2013/08/13(火): 足柄下郡真鶴町を探訪

貴船神社 足柄下郡真鶴町真鶴1117

 貴船神社は真鶴半島の中程、真鶴港の近くにあり、県道739号線に面して鎮座している。
 JR東海道本線「真鶴」駅より「ケープ真鶴行」バスに乗り「宮の前」バス停で下車するとすぐだ。


鳥居(神明鳥居)

社殿

神額「貴船神社」

 貴船神社は、人皇第五九代宇多天皇の寛平元年六月十五日(平安前期889年)、創建された由緒ある神社だそうだ。 当時は古来「貴船大明神」と称していたが、明治元年に「貴船神社」と社名を改め、同六年、郷社に列せられた。 なお、本殿内の彫刻品は旧御社殿の周りを装飾していたもので、大正十二年九月の震災で社殿が倒壊し、昭和三十八年、新本殿御造営のおり本殿内に納められたもの。 巨匠石田半衛邦秀(江奈の半衛)による名作で、中国の清朝「二十四孝」と称されるものだ。
 主祭神は大國主神(大黒)、事代主神(恵比寿)、少彦名神。
 例祭「貴船まつり」は、昭和二十三年、神奈川県無形文化財に指定され、古式にならい毎年七月二十七日・二十八日の両日行われ、神輿が海上渡御する壮大な祭りだ。古くから「日本三船祭」として名高く、県内はもとより全国より多勢いの参拝者で賑わうと云う。


参道階段(上より見る)

御船舎

神輿舎

 鳥居を潜った後にある参道の階段は、本殿迄の石段数「108段」(仏教でいう人間の数多い煩悩の数とちょうど同じ数)あり、一段一段踏み祓う「禊(みそぎ)の石段」と称されているそうだ。
 その他に「参集殿」・「神輿舎」・「御船舎」があり、また、向かって本殿の右側には今上陛下の御大典記念事業の一つとして、本町産出の本小松石作りの「厄除厄祓門」と日参三千日を記念する「心願石」をはじめ北海道産の「さざれ石」等が置かれている。


祖霊社(旧本殿)

山神社

船玉龍神社

手水盤(貞享三年(1686))

 旧御本殿は、現在の御本殿に向かって左側に「祖霊社」として氏子の皆様の祖霊を祀っている。 そして、その左には、石材関係者や商工業者等が奉賛する山神社がある。
 大階段下の境内左手には漁業従事者が奉賛します「船玉龍神社」が置かれている。


貴船稲荷社

恵比須大黒社

淡島大明神

 下の境内地には伏見稲荷神社より分御魂を祭祀する「貴船稲荷社」・「慰霊碑・忠魂碑」 昭和天皇陛下の御即位(御大典)を記念し建立された大灯篭一対等配置されている。
 貴船稲荷社の左手奥には恵比須大黒社、淡島大明神も置かれている。

兒子神社 足柄下郡真鶴町岩653

 東海道本線「真鶴」駅で下車、駅前にて「岩行」バスに乗車し、「岩海岸」バス停で下車し、山寄りの道を進むと左手に社号標が建つ脇道の突当りにある。(徒歩3分)


一の鳥居(神明鳥居)

拝殿

神額「兒子神社」

 延喜年間(901-922)の創立と伝えられるが、天保年間大災のため社殿を焼失し、古記録等もこの時に焼失してしまった。 御子神は親王の後を慕ってきた従者二人と2才になる若宮を擁して当所に来られたが若宮が病を得て夭逝されたので御父と供に奉斎したと伝えられ、以後子供の流行病の厄除けの参拝が多く見られた。
 最近では明治二十六年に社殿焼失などの火災に遭うものの、村人たちの労苦や寄附により現在に至っている。 現在の社殿は、昭和八年7月に改築・移転されたものだ。
 祭神は文徳天皇の皇子惟喬親王とその御子神。


二の鳥居(神明鳥居)

裏参道鳥居(神明鳥居)

手水舎


手水盤【真鶴町重要文化財】

さざれ石「北海道沙流川産」

龍宮社/鳥居

龍宮社/社殿

愛宕神社 足柄下郡真鶴町真鶴957

 JR東海道本線「真鶴」駅より「ケープ真鶴行」バスに乗り「小学校下」バス停で下車。バス停横の港へ続く道に入り、80m程下った処にある四つ角を右折する。突き当りまで進むと、右手に階段の道があるので、その階段を登るとある。


社殿

神額「愛宕神社」

津島神社 足柄下郡真鶴町真鶴710

 JR東海道本線「真鶴」駅より「ケープ真鶴行」バスに乗り「小学校下」バス停で下車。バス停横の港へ続く道に入り、80m程下った処にある四つ角を左折して60mほど行くと左手にある。


社殿

 創立年代は鎌倉時代といわれる。町内の守護に荒振る神を鎮め、平穏を願う故事により、地元の人々から厚い崇敬を受けている。
 祭神は素戔嗚尊。

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