事事関心! 神社探訪:
[ 三重県伊勢市/伊勢神宮内宮(皇大神宮) ]
三重県伊勢市/伊勢神宮内宮(皇大神宮)   2018/06/01(金)新規
コース案内

 伊勢神宮外宮(豊受大神宮)への参拝の次はいよいよ伊勢神宮内宮への参拝だ。 外宮の宮域には、正宮を中心に3つの別宮と10の摂社・末社・所管社が点在している。
 外宮から内宮へは三交バスで「外宮前」バス停から「内宮前」行に乗り、「内宮前」バス停へ。10分毎にあるので便利。

神社: 伊勢神宮内宮(皇大神宮)
祭神: 天照大神
住所: 三重県伊勢市宇治館町1
アクセス: JR・近鉄「宇治大宮」駅より三交バスで約20分。

【履歴】
・2018/06/01(金): 2018/05/28探訪。

宇治橋 

 「内宮前」バス停で降りると広場の先に内宮の境内に繋がる宇治橋がある。




 五十鈴川は、「御裳濯川」とも呼ばれ、倭姫命が御裳のすそを濯いだことから名付けられたと伝えらえている。 神路山を水源とする神路川と、島路山を源とする島路川の二つの流れが、合流して五十鈴川となる。
 宇治橋は、全長101.8m、巾8.4mで、欄干の上に16個の擬宝珠ぎぼしを据えた純日本風反そり橋だ。 床板や欄干は檜で作られているが、橋脚の部分は水に強い欅を使用している。 宇治橋の外と内に高さ7.44mの大鳥居が立っているが、内側の鳥居は、内宮の旧正殿の棟持柱が、外側の鳥居は外宮の棟持柱が用いられている。 さらに20年たつと、内側の鳥居は鈴鹿峠のふもとの「関せきの追分」、外側の鳥居は桑名の「七里の渡し」の鳥居となり、正殿の棟持柱となって以来、60年の勤めを果たしている。 明治二十二年(1889)第56回式年遷宮から遷宮に合わせて20年毎に架け替えされるようになり、今の宇治橋は平成21年11月3日に渡始式が行われた。

神苑を通り五十鈴川御手洗場へ 

神苑


二の鳥居

 宇治橋を渡り右手に行くと"神苑"と呼ばれる広い参道となっている。ここには大正天皇が植えた松などがある。




 神苑を過ぎ二の鳥居先右手の緩やかな斜面を下りていくと、元禄五年(1692)徳川綱吉の生母、桂昌院が寄進したといわれる石畳を敷き詰めた御手洗場がある。御手洗場の流れは清らかさの象徴で、ここでは手水舎と同じようにお清めが出来る。

風日折宮 




 風日祈宮の祭神は、風雨を司る神とされる級長津彦命と級長戸辺命である。 本来は農耕に適した風雨をもたらす神であったが、元寇以降は日本の国難に際して日本を救う祈願の対象となった。
 弘安四年(1281)の元寇では朝廷より為氏大納言が勅使として神宮に派遣され、風神社と風社で祈祷を行なった。 日本に押し寄せた元軍は退却し日本にとっての国難は去り、これを神風による勝利として正応六年(1293)に風神社と風社は別宮に昇格され、風日祈宮と風宮となった。

正宮 




 皇大神宮は、皇室の御祖神であり日本人の大御祖神である天照大御神をお祀りしている。 今から2000年前、皇位のしるしとして受け継がれる三種の神器の一つである八咫鏡をご神体として伊勢の地にお祀りし、国家の守護神として崇める伊勢信仰は平安末期より全国に広がりがみられた。 現在でも全国の神社の本宗として特別に崇敬を集めている。


荒祭宮 




 荒祭宮は、内宮に所属する十別宮のうち、第一に位している。 殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさ。ご祭神は、天照大御神の荒御魂。神様の御魂のおだやかな働きを「和御魂」と申し上げるのに対して、荒々しく格別に顕著なご神威をあらわされる御魂の働きを、「荒御魂」とたたえる。


内宮神楽殿 




 内宮神楽殿は銅板葺入母屋造の建物だ。向かって左側からお神札授与所、ご祈祷受付、御饌殿、神楽殿となっている。


大山祇神社、子安神社 


 

大山祇神社

子安神社

 大山祇神社は、神路山の入口の守護神である大山祇神を祀り、古くは山神社と呼ばれていた。
 子安神社は大山祇神の娘神である木華咲耶姫神を祀り、安産、子授けの神として崇敬されている。
 大山祇神社も子安神社も共に内宮の所管社である。

あとがき

 正宮は流石に一番の込み具合だった。皆さんこの国の在り様にどのような感謝をしているのだろー?。 なお、古殿地の見学はできなかった。
 五十鈴川御手洗場の水の澱みは改善してほしいなー!! 今の澱み塵が浮いている状態だと現代の人々はここで禊ぎしようと思わないと思うのだが...。


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