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[ 神社探訪: 東京都狛江市 ]
神社探訪: 東京都狛江市 2015/12/18(金) 新規
案内

 東京都狛江市にある神社の参拝録。第一回(2015/12/16)は水道道沿いを探索。

NO.神社住所参拝年月メモ
 01 岩戸八幡神社 狛江市岩戸南2-8-2 2015/12/16 
 02 駒井日枝神社 狛江市駒井町1-6-11 2015/12/16 
 03 白幡菅原神社 狛江市猪方2-4 2015/12/16 
 04 十幹森稲荷神社 狛江市東和泉2-16 2015/12/16 
 05 伊豆美神社 狛江市中和泉3-21-8 2015/12/16 
 06 水神社 狛江市元和泉2-3-80 2015/12/16 
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【履歴】
・2015/12/18(金): 12/16探訪。

岩戸八幡神社 狛江市岩戸南2-8-2

 小田急「狛江」駅にて下車。南口よりロータリー先の道を南へ進み、世田谷通りに出たら道向いの路地に入り都道11号線(水道道)まで南下する。 都道11号線に出たら左手の東へ400mほど進み、京王ストア先の左手脇道に折れる。さらに道なりに進むと250mほど先正面に鎮座している。




 永禄元年(1558)古河公方、足利義氏は鎌倉の鶴岡八幡宮に参拝し社前で大相撲を催し八幡神体を懸賞とした。 岩戸の住人秋元仁左衛門は、主君である世田谷の吉良頼康に従い相撲に参加、見事優勝してご神体を持ち帰り当社を創建した。
 祭神 応神天皇(おうじんてんのう)

駒井日枝神社 狛江市駒井町1-6-11

 小田急「狛江」駅にて下車。南口よりロータリー先の道を南へ進み、世田谷通りに出たら道向いの路地に入り都道11号線(水道道)まで南下する。 都道11号線に出たら左手の東へ400mほど進み、京王ストア先の左手脇道に折れる。さらに道なりに進むと50mほど先左手に鎮座している。




 天台宗円往院が鎮守として山王権現社を祀ったのが始まり。 江戸時代には駒井村の鎮守であったといい、明治になって日枝神社と改められる。  祭神は大山祇神(おおやまつみのかみ)。

白幡菅原神社 狛江市猪方2-4

 小田急「狛江」駅にて下車。南口よりロータリー先の道を南へ進み、世田谷通りに出たら道向いの路地に入り都道11号線(水道道)まで南下する。 都道11号線に出たら左手の東へ400mほど進み、京王ストア先の左手脇道に折れる。さらに道なりに進むと50mほど先左手に鎮座している。




 もと白幡明神といい和泉村小森田に鎮座。 氏子は和泉村、猪方村に分布していた。 明治三年(1870)神仏分離により管轄が別当寺の玉泉寺から伊豆美神社に移動。 それに伴い、当地に遷り猪方村のみの鎮守となった。
 祭神は菅原道真、源頼朝、徳川光圀、井伊直弼。

十幹森稲荷神社 狛江市東和泉2-16

 小田急「狛江」駅にて下車。南口よりロータリー先の道を南へ進み、世田谷通りに出たら道向いの路地に入り都道11号線(水道道)まで南下する。 都道11号線に出たら左手の東へ400mほど進み、京王ストア先の左手脇道に折れる。さらに道なりに進むと50mほど先左手に鎮座している。




 文化年間(1818〜30)当地の住民が京都伏見稲荷のご分霊を小丘上に勧進した。 かつてこのあたりには当社の他、諏訪神社・熊野神社があり、三山の神として祀られていた。
 明治時代、諏訪・熊野は伊豆美神社に合祀され、当社は大正年間に多摩川の堤防工事のため丘の土を使用する事となり、熊野神社の故地に遷された。
 祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)。

伊豆美神社 狛江市中和泉3-21-8

 小田急「狛江」駅にて下車。北口より、都道114号線に出て左方向(西)に向かう。田中橋交差点に至ったら横断した後右折し、100mほど先左手の脇道に折れる。 道なりに300mほど進むと左手に鎮座している。


一の鳥居

二の鳥居

 参道にある高さ2.65mという小さな石の鳥居(二の鳥居)は、慶安四年(1651)、この地を領した徳川家の旗本石谷清定の三男貞清が寄進したもの。 武蔵国(現在の埼玉県と東京都の隅田川以東、神奈川県北東部)では最も古い石の鳥居とされ、市指定文化財となっている。


拝殿

神額「伊豆美神社」

 宇多天皇の御代、寛平元年(889年)9月20日、現在の元和泉2丁目(現在、末社の水神社がある場所)に府中の六所宮(大国魂神社)の分霊を祀り、「六所宮」の名で奉斎されたのが始まり。 天文十九年(1550)、多摩川の洪水のため、現在の境内に移された。 明治元年(1868年)には、社号を地名の「和泉(いずみ)」に因んで「伊豆美神社」と改称。同十六年(1883)郷社に昇格した。








水神社 狛江市元和泉2-3-80

 小田急線「狛江」駅で下車、右手に鎮座している。




 此の地は寛平元年(889年)九月二十日に六所宮(明治元年伊豆美神社と改称)が鎮座されたところである。 その後天文十九年(1550)多摩川の洪水により社地流出し、伊豆美神社は現在の地に遷座した。 この宮跡に慶長二年(1597)水神社を創建し、その後小泉次大夫により六郷用水がつくられその偉業を讃え用水守護の神として合祀されたと伝えられる。
 祭神は水波能売神(みずはのめのかみ)、順正院宗可日久夛神(小泉次大夫)。


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